2025.03.31あらたか
「大将―!」の掛け声に応えて現れたのは、ねじり鉢巻きに前掛けを腰に巻いた職人…もとい、hanare宝塚(小規模多機能型居宅介護)のスタッフF。ガスバーナーを手にしたスタッフが慣れた手つきでぷっくりとした身をあぶると、特製のたれの香ばしい匂いがフロア中に漂います。――そう、うなぎです!
春も間近の3月、hanare宝塚では昼食にうなぎのちらし寿司を作りました。その発端は、あるご利用者さまの「うなぎが食べたいな」というひと言でした。
外食で豪華なうな丼を楽しむのもいいですが、その方にとっての「うなぎ」は行きつけのスーパーで買ってご夫婦で食べる、日々の暮らしの中のちょっとしたごちそう。それが「食べたいうなぎ」でした。料理が得意だったその方は、「魚を出せば喜んで黙って食べてた」というご主人のために、毎日スーパーで新鮮な魚を買っていたそうです。そんな日常に彩りを添えていたのが「うなぎ」だったのでしょう。
そんな折、日本酒に一家言あるスタッフFが、ガスバーナーを愛用していることが判明。これはもうhanareでやるしかない――そうして、冒頭の光景が実現することとなったのです。
特設コーナーでうなぎをあぶると、歓声とともに甘く香ばしいうなぎの香りがフロアに立ちのぼります。「いいにおいがするね」「お腹すいてきた」と、みなさん大将の手元にくぎ付けです。じっと見つめる方や、ご自分のスマートフォンで写真を撮られる方も。最後のうなぎをあぶり終えると自然と拍手が沸き起こりました。
大将が盛り付けをしてくれるまでの間は、別のスタッフによるギター伴奏で「ふるさと」をみんなで歌いました。うなぎの香りで早くも力が出たのか、いつも以上にみなさんの声がよく響きます。声を出しにくい方も手でリズムを取り、「しんどい」が口癖の方も大きな声で最後まで歌われていました。
まったく別の道を歩んできたご利用者さまたちが、今ここで同じ香りに包まれ、ともに歌い、ともに食事をする――。その柔らかな一体感は、かつてそれぞれの家庭にあった光景だったかもしれません。「おいしかった」「ありがとう」が飛び交うフロアでは、記入された食事管理表も、ほとんどの方が「全量摂取」となっていました。
今回のイベントのきっかけをくださったご利用者さまは、翌日の入浴介助の際、うなぎが好きだったご主人の話をしてくださいました。初めて出会ったときの印象、日々の暮らしのこと、そして病室でその手を握ったときにかけられた言葉も――。零れ落ちるように語られる思い出の中に、食卓を囲む穏やかな二人の姿が浮かびあがるようでした。